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丹波市と有機農業

2006年12月6日、遅ればせながら「有機農業推進法」が国会で成立しました。超党派の議員連盟による「議員立法」であることに、この法律の歴史的意義があります。

2008年には、丹波市でも、有機農業に先進的に取り組んできた市島有機農業研究会(市有研)の呼びかけで「丹波市有機農業研究会(丹有研)」が発足。丹波市が全国40か所の「有機農業モデル地区」のひとつに選ばれたこの年、丹有研を核にして「丹波市有機の里づくり推進協議会」が設立されました。

ここに至る、30年余の長い歩みを振り返ってみましょう。

市有研に始まる「産消連携運動」30年余の歩み

30数年前、市有研が発足した1975年は、有吉佐和子の小説『複合汚染』が発表された年でもあります。全国各地で公害問題・食品汚染を追求する消費者運動がさかんでした。警鐘を鳴らしていた神戸大学の保田茂先生(現・名誉教授)の講演を聴いた愛農会の故近藤正の呼びかけで、30数軒の農家が市有研を結成しました。「農産物が商品化され食べ物を生産している意識が生産者になくなったのが大きな問題だ。これから消費者の皆さんと親類関係を結んでやっていきたい」と近藤氏は熱く語っていたものです。

農薬散布の影響で肝臓障害を患っていた市有研の初代代表・一色作朗は、「農薬は食の安全のみならず生産者自身の健康被害に及ぶこと、安心して生産するためには消費者の理解と協力が必要」だと訴えましたた。賛同した消費者が入会し、ピーク時には会員が1000名を越え、運動は阪神間に大きく広がりました。

しかし、当時は有機農業技術を指導する専門家がいませんでした。除草剤も農薬も使用しない有機栽培は、除草作業に労力がかかり、虫もたびたび大発生し、ときには消費者会員も手伝いにかけつけました。自然環境の保全運動にも協力し合い、生産会員の高木力の鶏舎が台風で倒壊した時は、消費者が大勢かけつけ数千羽の鶏を鶏舎から救い出したこともありました。逆に、阪神淡路大震災の折は、生産者が消費者宅を訪ねて水や食糧を配りました。

このように市有研の生産者と消費者の産消連携運動は、理解と協力関係から信頼の絆を強めながら30数年も継続してきたのです。

世界に広がるCSAの源流は日本にあった

アメリカでは1985年から、CSA(Community Supported Agriculture)という活動が始まっています。直訳すると、コミュニティーが支える農業、つまり市有研の産消連携とその理念は同じです。

事実、CSAを紹介する文献には、CSAの基本的な考え方の源流は70年代初頭から日本に存在する「産消提携運動」にあると書かれています。アメリカの農業の近代化・大型化は、伝統的な家族農場の衰退、利益至上主義的な農業による環境破壊、地域コミュニティーの崩壊、食品の安全性への不安などをもたらしました。その反省と危機感から広まったのが、CSAです。

その取り組みは、20年後には、1700の有機農場がCSAに取り組み、全米で消費者会員は10万人ほどに増える規模にまでなりました。そればかりか、今やCSAは世界各国に広がり、とくに農業国フランスでの発展は著しく、1000農場ぐらい存在すると言われています。

2008年2月、フランスのウバニャ市でCSAに取り組む団体、生産者、消費者が各国から集まり、第1回目のURGENCI(国際提携ネットワーク)が正式に設立されました。世界に広まる「CSAの基本的な考え方の源流」。それを築いたのは市有研の先輩たちだったのです。私たちはそのことを大いなる誇りとして、丹波・有機の里づくりを推進していきたいと考えています。